平素より、日本広域農林道整備機構の事業にご理解とご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。ここでは、機構が農林道という仕事にどのような思いで向き合っているかをお伝えします。
はじめに
農林道という言葉は、日常の会話にあまり登場しません。しかし、山あいの集落を訪ねると、そこには必ず道があります。田んぼの脇を抜け、沢を渡り、杉の林を縫って尾根へと上がっていく道。その一本一本が、米や野菜を運び、木材を出し、人が暮らし続けるための前提になっています。
機構は1998年4月1日に設立され、以来28年にわたり、この農林道を広域的な視点で整備し、守り、次の世代へ引き継ぐ仕事を続けてきました。この間、農村の姿は大きく変わりました。担い手は減り、集落の高齢化は進み、豪雨や地震による災害は繰り返し発生しています。それでも、道が必要であるという事実は変わりません。むしろ、人が少なくなった地域ほど、一本の道の重みは増しています。
私は、機構の役割は「道をつくること」だけではないと考えています。道を通じて、地域がこれからも営まれていくための条件を整えること。それが私たちの仕事の本質です。
農林道が支えるもの
農林道が支えているものは、大きく3つあります。第一に農林業の生産活動です。農産物の輸送、林業の搬出、作業機械の進入。これらはすべて道が前提です。どれほど良い圃場や森林があっても、道がなければ経営は成り立ちません。
第二に、地域の暮らしです。通学、通院、買い物、冠婚葬祭。農林道は農林業のための道であると同時に、集落と集落、集落と幹線道路をつなぐ生活の道でもあります。高齢化が進む地域では、この役割は年々大きくなっています。
第三に、防災です。災害が起きたとき、道が通じているかどうかが、集落の孤立を防ぐ分かれ目になります。農林道は、迂回路を確保し、救助や物資輸送の経路を担保する、地域の生命線でもあります。
私たちは、この3つの役割を同時に満たす路網をどう形成するかという問いに向き合いながら、日々の業務にあたっています。
これからの整備
これからの整備は、新たに道を開く仕事から、すでにある道を賢く使う仕事へと重心が移っていきます。高度経済成長期に一斉に整備された農道・林道は、いま更新の時期を迎えています。すべてを作り替えることは現実的ではありません。点検によって状態を把握し、優先順位をつけ、限られた予算のなかで効果的に補修していく。この地道な積み重ねが、これからの時代の整備の中心になります。
そのために機構は、技術基準やマニュアルの整備、ICTを活用した施工管理の普及、市町村の技術職員への支援に力を入れています。現場で判断に迷ったときに参照できる基準があり、その基準が最新の知見に基づいて更新され続けていること。それが、地域の技術力を底上げします。
あわせて、災害への備えを計画の段階に組み込むことも進めています。発災後に慌てて対応するのではなく、あらかじめ迂回路を想定し、復旧の手順を決めておく。そうした事前の備えが、結果として復旧の速さを決めます。
地域とともに
機構は東京都に事務局を置いていますが、仕事の現場は全国各地にあります。北陸、中部、近畿、中国、九州。それぞれの土地には、気候も地形も、農業の営みも異なります。東京の机の上だけで道のことを決めることはできません。現地に足を運び、市町村の担当者や地域の方々の話を伺い、その土地の事情を踏まえて計画を立てる。この姿勢を私たちは大切にしています。
農林道は、完成したときに誰かの生活が少し楽になる、そういう地味な仕事です。派手な成果はありませんが、地域が続いていくための土台をつくっているという自負があります。これからも、地域のみなさま、関係機関のみなさまと力を合わせ、日本の農林業と中山間地域の将来を支える道づくりに取り組んでまいります。ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。